フリューゲルの歴史とコンセプト

2007年:フリューゲル誕生

フリューゲルは、羽村第三中学校の卓球部員が練習できる環境をつくる為に立ち上げられた。

当時、羽村三中の卓球部は非常に弱く、大会に出れば必ず全員が初戦負けだった。生徒自身もそれが普通だと思い込み、周りの人たちからも諦められていた。

フリューゲルの練習は、羽村第二中学校の体育館を夜間に2時間ほど借りて練習が行われていて、生徒からお金は取らずにボランティアだった。

フリューゲルには部員全員ではなく、数名の生徒が練習に来ていた。(1期生)

フリューゲルができてから、1期生達の卓球に対する取り組みが今までとはどんどん変わっていった。

名前の由来フリューゲルの意味はドイツ語で ”翼”

羽村の羽 羽は翼 "フリューゲル名付け親は1期生のKubotaだ。

 

その後の大会で1期生が神懸かり的な活躍をする

(写真は社会人になった1期生・2期生)

大会当日、普通に考えれば実力も実績も相手が上。自分たちより弱い選手はいないのだが、全てが変わっていた。

全員が数段格上の選手を次々と倒していった。

1期生達の闘争心と勢いは半端じゃなく、1ゲームを取るごとに強さが増していった。

1期生達にはフリューゲルの血が流れていた。

Kubotaは相手選手の5倍でかい声を出して圧倒した。

(当時ネット上で「羽3のクボタ声でかすぎ!」「くぼたうるせー」と書き込まれていた)

 

2007年〜2017年:ここから約10年間フリューゲルが続く

1期生の後は2期生、3期生、・・・と続いていき、

しばらくすると羽村三中の生徒だけではなく、小学生や他校の中学生、高校生なども来るようになってきた。

フリューゲルは、「上手くなりたい人が集まる場所」のイメージが定着してくる。

この間に、中学生は全中出場、高校生はインターハイ出場や国体代表などにもなった選手が出てくる。

羽村周辺の地域でジュニア世代の選手を育成する場所としてフリューゲルの存在が認知されてくる。

 

2016年:クラブ開講の計画を立てる

森田 翔樹が現役を引退していた為、フリューゲルの施設を創る計画を立てる。

少人数製の方が手厚いサポートができると考えた為、あえて大きくしないという発想。

動くスペースや天井の高さはしっかりととるように設計した。

また、快適に練習できるように冷暖房などの設備や駐車場も完備した。

 

2017年2月:フリューゲル卓球クラブ開講

2017年の初めに施設が完成した。外観はパッと見たら体育館に見えない。

 

外観と内観のギャップが秘密基地みたいだ。これはこれでカワイイ。

2017年2月にフリューゲル卓球クラブを開講した。

立ち上げ当初と同じく ”もっと上手くなりたい人が集まる場所” がコンセプトでスタート。

また、フリューゲルは他クラブに所属してても入会できる。

フリューゲル卓球クラブは「クラブ」と名前がついているが、"もっと上手くなりたい人が集まる場所" をコンセプトとしている為、組織的な縛りはない。あくまでも、練習できる環境を提供するというスタンスだ。

祖フリューゲルフリューゲル卓球クラブの違い

元祖フリューゲルは、ジュニア世代の選手を育成しレベルアップを目的とした場所だった。その為練習内容はバッキバキだ。それは中学校の体育館を夜間に2時間しか借りられなかったからだ。つまり、時間が限られていて、いろいろな人を受け入れる事ができなかった。

新しく開設したフリューゲル卓球クラブは、レベルや年齢によってクラス分けができ、もちろん元祖フリューゲルのように選手育成もできる。老若男女いろいろな人が入れるようになっている。また、レベルも初心者〜上級者まで入れるようになった。

ふりょうげる君が誕生する

公式キャラクターの「ふりょうげる君」ができる。

髪を赤く染めたインコがモデルで作られた。(ニワトリではない)

 

現在〜未来

クラスに年齢制限は設けていないが、小学生、中学生、高校生、のジュニア世代が非常に多い。部活が終わった後や休みの日に練習に来ている。

卓球界で活躍する選手をフリューゲル卓球クラブから輩出できるよう活動している。